「自分のため」が「誰かのため」に『おかえりモネ』”東京”でモネが知る「役に立つ」の本当の姿 2021.8.11
東京編に入ってからの『おかえりモネ』3週のタイトルは、第10週「気象予報は誰のため?」第11週「相手を知れば怖くない」第12週「あなたのおかげで」と、そのどれもがとても具体的だった。
そんな第10週、第11週。前回の記事では、「伝える」ことの難しさを描いたと述べた。
だが、それと同時に第12週を含めたこの3週は、モネ(清原果耶)自身が東日本大震災を経験して以降、拘り続けてきた「役に立つ」の本質を問うものだったのではないだろうか。
第12週「あなたのおかげで」では、様々な登場人物の個人的な欲求や願望が隅々に垣間見えた。
モネの同僚である若手気象予報士の神野(今田美桜)は「報道キャスターになりたい」という夢を語り、モネにとって”師匠”とも言える朝岡(西島秀俊)は、あるきっかけから「スポーツ気象をやりたい」という思いを語った。
朝岡の願望が明らかになった”あるきっかけ”とは、第12週で初登場した車いすマラソン選手、鮫島(菅原小春)が朝岡に自身のサポートを依頼したことだった。
そんな彼女も、「1位でゴールしたい」「とにかく勝ちたい」という誰よりも強い欲求を持っていた。
朝岡は「スポーツ気象」にこだわる理由をはじめ、地球環境が過酷になっていく中で、これからインフラと同じレベルで大事になる気象情報の重要性を、身近に分かりやすく伝えたいからと語っていた。
だがその後、朝岡が大学時代、駅伝選手として走っていたこと、そして大事な大会で天候を読み間違い熱中症でリタイアしていたことが明らかになり、「スポーツ気象」に拘るホントの理由が、その大学時代の駅伝のリベンジだった事が発覚した。
また、神野は「報道キャスターになりたい」という思いと共に
「自分が人に認められたい」「有名になりたい」
そんな欲求の方がシンプルで嘘が無いとその言葉の真意を語った。
朝岡も神野も、自らの「したい」「やりたい」という個人的な欲求や願望を元に、気象予報士という仕事に取り組んでいる。
そしてそれは、「とにかく勝ちたい」と誰よりも強く語る鮫島もだろう。
鮫島のサポートを中心にするようになったモネはある言葉を鮫島から聞く。
「私が100%自分のために頑張ってることが、巡り巡ってどこかの誰かをちょこっとだけでも元気づけられてたら、それはそれで幸せやなと思う。」
鮫島は、車いすマラソン選手として、様々な人の助けを借りている。だから、そんな「自分の大切な人」のために走ろうと思うのが自然だ。
だが、鮫島はあくまでも「自分のため」に走ると言った。
誰かの「役に立つ」こと「他者のため」でいることではないのか?
そうモネも思っただろう。
「私が100%自分のためにがんばってることがな、巡り巡ってどっかのだれかをちょこっとだけでも元気づけてたら、それはそれで幸せやなって思うんよ」
— 連続テレビ小説「おかえりモネ」 (@asadora_nhk) 2021年8月6日
モネは鮫島の頑張る姿に心動かされました。#おかえりモネ #朝ドラ#清原果耶 #菅原小春 pic.twitter.com/mhiFuZ2Tsx
モネは自らの欲求や願望を抑え込み、他者のために「役に立つ」事を一番に優先してきた。
東日本大震災のあの日以降、自らの「したい」であった「音楽」を優先したため、地元で被災した幼馴染や妹の傍にいられなかった。そして守れなかった。
「自分のため」ではなく「自分の大切な人のため」
それ以降、モネは”自ら”の「音楽」を捨て、”他者”の「役に立つ」事を何よりも大事にしてきたのだ。
では、それはいけないことなのか?「他者のため」だけを思って「役に立つ」事を追い求めてはだめなのだろうか?
その答えは、第2週「いのちを守る仕事です」で菅波がモネに言い放った
「あなたのおかげで助かりましたっていうあの言葉は麻薬です」
という言葉に繋がっていく。
第12週のタイトル「あなたのおかげで」を目にして菅波のこの言葉が浮かんだ人は多いのではないだろうか。
あの時、菅波から言葉の真意は語られなかった。モネも、そして視聴者も気になっていたことだ。
今回、「自分のためが誰かのためになればいい」という鮫島の考えや、神野や朝岡の心の奥にある「自分のため」という欲求に触れ、自分の考えに迷いを持ったモネが、菅波に相談する中で、ついに語られることになった。
「気持ちいいでしょ?単純に。全ての不安や疲れが吹き飛ぶ。自分が誰かの役に立った。自分には価値がある。そう思わせてくれる。
自分は無力かもしれないと思っている人間にとってこれ以上の快楽はない。
脳が言われた時の幸福を強烈に覚えてしまう。麻薬以外の何物でもない
そして”また言われたい”と突っ走ってしまう。その結果、周りが見えなくなる。行きつく先は全部自分のためだ」
以前、私は第3週の感想記事で、
「役に立つ」とは、ある意味、エゴの塊なのだ。
「人の役に立つ」
それは何者でもない自分が、何者かになれる方法でもあるのだ。
と述べたが、菅波の真意とニアミスというところだろうか。
震災で自分が役に立てなかった、いわばその無力さを自覚したモネにとって、「役に立つ」事は、表面上は「誰かのため」でありながら、自分が存在していいという事を実感できる「自分のため」のものに知らず知らずになってしまう危険性があった。
そして役に立とうと他者を優先すれば、自分の存在が疎かになる。それは自分の存在価値が相対的に薄くなるという事でもある。
「他者のために役に立ちたい」
そう思えば思うほど、自分が苦しくなる。
そしていつか、「誰かのため」の「役に立つ」が、自分を維持するための「役に立つ」になってしまう。
それを突き詰めた先には、自分が存在価値という”快楽”を得るためだけの「役に立つ」に変貌してしまう。 それは他者の気持ちを考えない身勝手なものであろう。
菅波は「無力である」と感じている、同じ感覚を持っているモネに、そういう「役に立つ」の危うさを伝えたかったのだ。
それが、あの言葉の真意だ。
「人の役に立ちたいとか、結局自分のため」
— 連続テレビ小説「おかえりモネ」 (@asadora_nhk) 2021年8月3日
莉子に言われた言葉について考えているモネ。
一方未知も、研究で思ったような結果が得られずモネと同じように悩んでいました…。#おかえりモネ #朝ドラ#清原果耶 #蒔田彩珠 pic.twitter.com/uEquaf4rRB
モネが台風接近を登米の家族に伝え、祖父である龍己(藤竜也)から「”モネのおかげで”、皆助かったよ」と感謝の電話を受けた時、それを聞いていた神野が言った
「人の役に立ちたいって結局自分のためなんじゃん」
という言葉も、菅波の言葉を踏まえれば腑に落ちる。
神野がそれを確かに意識しているかは不明だが、おそらく同じようなニュアンスだろう。そしてモネをここまで導いてきた朝岡も、「役に立つ」の危うさをしっかりと自覚している。
朝岡が、「スポーツ気象」に拘る理由が、大学時代の駅伝での失敗のリベンジであることは前述したが、その事を聞いた鮫島はモネにこう言った。
「朝岡さんの方が(自分より)100倍きつかったやろな。チームメイトのチャンスも、大学の伝統も潰してしまったんやから」
朝岡は「個人的な理由から」と言っていたが、大学や一緒に走ったチームメイトのためでもある。それはモネと同じく「自分の大切な人のため」の「役に立つ」だ。
だが、朝岡は菅波と同じく「他者のため」に自分を犠牲にするやり方の危うさを知っている。だからこそ、あくまでも「自分のための」リベンジと位置づけ、また「不特定多数の人々」を対象とした「気象の重要性を身近に感じてもらうためのスポーツ気象」という自分の「したい」「やりたい」を大事に持っている。
「復興はまだまだ」
そんな言葉を被災地の人からよく聞くが、モネの心も同じだ。
「お姉ちゃんは津波見てないから知らないでしょ」
いつか妹の未知(蒔田彩珠)に、モネはそう言われた。
そう、モネはあの日、「そこ」にいなかった。
それ故、実際に皆が味わった恐怖を知らない。
その得体の知れない恐怖に囚われ、そしてそれを「知らない事」自体にも苦しんでいる。
そして何より、あの時「守れなかった」「役に立たなかった」事が、「役に立たなければならない」という呪いとなり彼女を縛っている。
そこにいなかった人々には、その人たちにしか分からない心の傷があり、時間がその傷を癒すことはない。
そんな苦しみを理解しているから、そし手その傷がモネに自己犠牲的な「役に立つ」へ向かわせたことを理解しているからこそ、朝岡はずっとそんなモネを気にかけてきた。
第10週では、震災の影響が強く「自分の大切な人」のためという意識が強いモネに、「不特定多数の人々」との葛藤があることを教え、第11週では、水の危険性や自然の驚異を伝えることに囚われてしまっているモネに、「知ることで、恐怖や危険を避けられる」ことを教えた。
そんな一つ、一つも朝岡がモネに「役に立つ」とはどういうことかをモネに伝えていた瞬間瞬間だ。
第12週では、『おかえりモネ』の、モネの最終的なゴールが提示された気がする。
それは、鮫島の言葉にあった「自分が自分のために一生懸命やっていることが誰かのためになったらそれが一番いい」ということだ。
あの日以来、モネは自分の「好き」「やりたい」「したい」という欲求を抑え、「他者のために」、「役に立つ」事を何よりも優先してきた。
だが、自己を顧みない「役に立つ」は、それこそ「自分のため」の独りよがりなものになってしまう可能性を生む。
これからのモネに必要なのは「自分のため」に生きる事。自分を大事にすることだ。
「気象の楽しさを伝えたい」という思いはもちろん、あの日「役に立たない」と心の奥にしまいこんだ「音楽」もそうだろう。
そんな自分の「好き」「したい」「やりたい」を追求することで、いずれどこかの誰かの「役に立つ」事ができる。
思い悩む未知へ母、亜哉子(鈴木京香)が放った「あなたたちにはとにかく楽しそうにしててもらいたい」という言葉。
そして、序盤でサヤカ(夏木マリ)がモネに言った「死ぬまで死んでも役に立たなくてもいい」という言葉。
そんな言葉たちが、モネらしく「自分のため」に生きていくことを応援してくれる。
序盤でサヤカが言った言葉も何だか、今ならよく分かる。
「役に立つ」ことより「自分らしく」いることが大事だという事。
偶然にも、放送週に現実社会で行われた「東京オリンピック」
コロナ禍での開催に、例年以上に選手たちには「国のために」「国民のために」というプレッシャーもあっただろう。
だが、今大会で初めて正式種目として採用されたスケートボードの選手は、皆、自らの「楽しい」という感情、「技を成功させたい」という思いが画面から爽快に伝わってきた。そして、それはコロナ禍で辛い思いをする多くの人々の心を救った。
現実社会の出来事ともリンクした第12週までの『おかえりモネ』
第12週までを終え、モネの心の傷と、それに伴ってモネを縛っていた「役に立つ」の姿を明らかにした。
そして自己犠牲を伴う「役に立つ」の危うさ、「自分のためが誰かのためになる」という可能性をモネに示唆した。
最終回まで残り2か月半。
モネが笑顔で「自分のため」にやったことで、誰かの「役に立つ」事を一視聴者として願っている。
【過去記事】
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