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「キュン」とは「そばに誰かがいる温かさ」『着飾る恋には理由があって』コロナ禍の「火ドラ」が魅せた新たな一面 2021.7.8

6月22日に最終回の放送を終えたTBS系火曜ドラマ『着飾る恋には理由があって』

主演を川口春奈が務め、その相手役を横浜流星が演じるということもあり、放送前から多くの期待の声が挙がった。

 

それもそのはず、本作が放送されたのはTBS系火曜22時。

近年のTVドラマの潮流の一つ、「火ドラ」であるからだ。

通常、ドラマファン以外は出演している役者目当てでドラマを観る事が多いが、「火ドラ」に関しては、「火ドラ」そのものが一つのブランドとして、視聴者を集めている。

先日、結婚を発表した新垣結衣星野源夫婦の出会いにもなり、”恋ダンス”が大きな話題になった『逃げるは恥だが役に立つ』もその一つだ。

「火ドラ」の特徴として語られるのが、「胸キュン」をメインテーマに据えている作品が多い事だろう。

上白石萌音主演で、”魔王”佐藤健との恋が描かれた『恋はつづくよどこまでも』

森七菜主演で、エリートコンビニ社長との恋が描かれた『この恋あたためますか』

など、「火ドラ」作品においては、主演女優が共演俳優と繰り広げる「胸キュン」ラブシーンが、SNSを中心に話題になっている。

だが、本作は、そんな「火ドラ」とは違った新たな一面を魅せてくれた。

www.tbs.co.jp

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三角関係における”奪い愛”ではない、二人だけのてんびん”釣り愛”

本作は、インテリアメーカーに勤め、広報部において、世間に対して大きな影響を持つ者を指すインフルエンサーとして働く真柴くるみ(川口春奈)と、不要な持ち物を減らして、必要最小限のものだけで暮らすミニマリストで、キッチンカーで店を営む藤野駿(横浜流星)が、カウンセラーで駿のはとこ寺井陽人(丸山隆平)や、画家を目指す羽瀬彩夏(中村アン)らとシェアハウスで暮らす中で、恋や仕事に悩む姿を描いたドラマ。

 

”シェアハウス”と言えば、某フジテレビの恋愛リアリティ番組が思い出され、「火ドラ」では定番の、”ヒロインを巡る三角関係”など、恋の駆け引きが、中堅俳優たちによって少しビターに描かれると視聴者は想像しただろう。

『恋つづ』では、上白石演じる七瀬と佐藤健演じる天堂の間に割って入ろうとする来生晃一(毎熊克哉)

『恋あた』では、森七菜演じる樹木に恋し、中村倫也演じる浅羽としのぎを削った(?)新谷誠(仲野太賀)

というように、過去の「火ドラ」でも、ヒロインを中心とした三角関係において、ヒロインとの恋は成就しないが物語を盛り上げる名キャラ、言い方は悪いが”当て馬”と言われるキャラが注目されている。

では、今作はどうか。

 

真柴には、会社の社長である葉山祥吾(向井理)という憧れの人物がいた。

「火ドラ」の定石通りならば、この葉山と駿が、真柴を巡ってバトルするはず。

だが、葉山は物語序盤で失踪。物語後半で戦線復帰するものも、駿の様子を伺いながら、発破をかける、真柴と一緒にディナーに行くなどはあったものの明確な”奪い合い”はなかった。その上、最終回では、真柴に「(真柴の)片思いじゃなくて俺も好きだった」と好意は伝え、清々しい表情で、海外へ行ってしまったのだ。

「もう一人、男はいるじゃないか!」

そう、駿のはとこ、愛称”ハルちゃん”との奪い合いも想像できた。

だが、こちらも物語序盤で、真柴がハルちゃんのカウンセリングを受けたことで、「カウンセリング相手は恋愛対象から外す」と、早々に恋のライバル候補から降りた。

 

結論から言うと、過去作ほどの三角関係も奪い合いもこの物語では描かれなかったのだ。それが、過去の「火ドラ」とは違う点の一つだ。

では、今作はどのように恋を描き、視聴者の心を掴んだのだろう?

フォーカスされたのは、真柴と駿という二人の関係。

二人が片方ずつに乗ったてんびんの釣り合いを丁寧に丁寧に描いたのだ。

 

「好きかもしれない」→「好き」を繊細に描く”スロー”ラブストーリー

真柴と駿の二人の関係が、非常にゆっくり描かれたのが今作の特徴だった。

「好きになる」事は、メタ的に言えば、視聴者にとっては自明の事だ。

だって「恋愛ドラマなのだから」

それ故、「好きになっていく」プロセスは描写として省略されやすい。

「あっ!気になる!」→「好き」という流れが早々に済まされ、前述した三角関係などの恋の駆け引きに、描写が割かれる。

実際、恋がこじれたり、揉めたりするのは手っ取り早く物語に刺激を与えることが出来る。展開が単調で、視聴者が飽きる前に、新しく事を起こすのがベターだろう。

だが、今作は「気になるなぁ...」→「好きかもしれない」→「好き」という”二人”だけの恋愛のプロセスを、ゆっくり、丁寧に繊細に描いた。

第1話、第2話は、「好き」という感情はあっても口には出ない「好きかもしれない」段階。(話題になった”冷蔵庫キス”は突発的な事故感があり、それは「好き」ではない)

 

第3話では「かもしれない」が「好き」に大きく近づく事を予感させるセリフがある。

それはシェアハウのメンバーでキャンプに行った際に、真柴と駿が二人になった時のこのやり取りだ。

真柴「藤野さんって私の事、好きなのかもね~」

駿「そうだね。多分好きだね。」

このセリフ、筆者は放送時、悶えた。こんないじわるな言い方があるのかと。

このセリフは真柴の「好きかもしれないけど、あなたはどうですか」と、まだ不確かな好意を伝え、同時に相手の好意も知りたいという意図が込められたとても尊い言葉だと感じた。

そして第4話では、これと対になるセリフがる。

駿「もしかして豆しば真柴さん、俺の事好きなのかもね」

真柴「そうだね。多分好き。」

 同じ事を今度は、駿が真柴に問う。

 

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第3話該当部分1:10~ 第4話該当部分1:30~ (TBS公式Youtubeチャンネルより)

 

これによって二人が通じ合っている事が、明確になり、”好き同士”になっていく事を予感させた。だが、まだ”予感”なのだ。「好きかもしれない」が形をもって、「好き」になった。この少しの心の動きを4話かけて描いた。とてつもなくゆっくりだ。

 この後も、価値観の違いや、真柴はインフルエンサーとして、駿はミニマリストそして料理人としてそれぞれの悩みから、互いにぶつかり離れる事もあるが、その中で、「やっぱり一緒が良い」と親密度が徐々に上がっていく。

本作はそのような点において、過去作にはないスローなラブストーリーであった。

そしてそれは恋する二人の心情が、丁寧で繊細に描かれていることでもあるのだ。

 

コロナが可能にした「キュン」の再定義「火ドラ」のデジタルデトックス

ここまで、本作が過去の「火ドラ」とは異なる路線を走った事を紹介した。

では、どういう経緯で、これまでの「火ドラ」からの脱却が行われたのか。

それには間違いなく、今の情勢が関係しているだろう。

新型コロナウィルスの蔓延だ。

 

本作のプロデューサー新井順子は、インタビューにおいて、コロナ禍のドラマ制作に関してこう語っている。

 

やっぱりコロナの影響が大きいんでしょうか。ヒリヒリしたものをそんなに観たくないのか、人に出会えない分、恋愛ができなくなってきている感じもあると思うんです。学校に行けなかったり、イベントがなくなったり、いろんな規制がある中で、テレビの中だけは夢見たい、恋がしたい。現実にはなかなか遭遇しづらくなったラブストーリーを体感できる、というのが大きくあるのかな。

料理シーンは包丁を毎回持って帰る横浜流星の練習の賜物|Real Sound|リアルサウンド 映画部

 

過去の「火ドラ」は、「胸キュン」要素を重視し好評を博する一方で、どこか”理想”の物語という、フィクション性の高いドラマに仕上がっている印象も強かった。

だが、コロナ禍の今、視聴者の心により寄り添えるドラマを作るべき。そして人の繋がりを感じてほっこりして欲しいという思いがあったのだろう。

そんな中、「火ドラ」らしさを保ちつつ、視聴者に寄り添う身近な作品を...と考える中、注目したのが、「キュン」とは何か?であった。

 

キュンってなんだろうと思って、「キュン」って検索しました(笑)。でも今回は、ドキッとするような「キュン」だけじゃなくて、“そばに人がいることは、すごく温かいのである”っていう、癒される「キュン」も表現できたらなと。

料理シーンは包丁を毎回持って帰る横浜流星の練習の賜物|Real Sound|リアルサウンド 映画部


このドラマのキーワードとしても掲げられていた「うちキュン」

冒頭、「火ドラ」の特徴は「キュン」だと言ったが、これまでの「キュン」は前述したように、どこか荒唐無稽なそれ自体が一つのパフォーマンスのように感じられた。

SNSでの話題作りの要素も含み、繰り返される壁ドン、キス、キス、顎クイに嫌悪感を示す人が一定数いたのも事実だ。

そんな中、今作では、「そばに誰かがいる優しさ・温かさ」も「キュン」ではないかと、そう定義し、その点を重点的に丁寧に描くことで、コロナ禍の「火ドラ」として視聴者の心を掴んだ。

 

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そして、「SNS」も今作の大きなキーワードの一つでもある。

主人公、真柴がインフルエンサーとして活動する上で、「着飾る」自分でいる事の是非が、駿との触れ合いの中で問われた。

「火ドラ」もそんなSNSでの反響の大きさを一つの強みにしてきた。

「火ドラ」の恒例とも言える「恋〇〇」「〇〇恋」という略称。

それもSNSでの呼びやすさ(ハッシュタグにおける使いやすさ)なども考慮されていると思われる。

『恋はつづくよどこまでも』は「恋つづ」、『この恋あたためますか』は「恋あた」

というように、現にその作品、「火ドラ」を象徴付ける看板のようになっている。

だが、今回はその点でも少し違った。

「恋」というワードは入っているが、実際に公式からアナウンスされた略称は「着飾る恋」

「恋〇〇」や「〇〇恋」と違って、語感があまり良くない。

これまで、「火ドラ」を見てきた視聴者は、その略称に引っかかりを覚えたのではないだろうか。

劇中では、駿が真柴に「デジタルデトックス」を勧めた。

SNSの「いいね」や反響を気にしない生き方。

そう、今作では「火ドラ」自体の「デジタルデトックス」、つまりSNS重視のドラマ制作に対する問い直しになる作品だったのだと思う。

SNSをしながら見るのも良いけど、この作品は真柴や駿と同じ空間にいるような気持で見て欲しい」

前述したスローで丁寧なストーリー展開や描写、そして劇中で流れる音楽。

そのどれもが、視聴者のそばに真柴や駿がいるかのような錯覚に陥らせた。

 

 

 「胸キュン」な場面、最大の武器はSNSでの反響

そんな「火ドラ」が、コロナ禍の今、そのスタイルを脱却してまで伝えたかったのは、

「日常の何でもない営み」こそ、何よりもドラマチックで「キュン」とする尊いものだという事。

当たり前に出来ていた皆でお酒を飲むこと、話す事、ふざけ合う事。

そんな事が、遠くに行ってしまった世の中。

SNSで人と関わる事に不自由を感じていなかった私たち。

それが、人とは連絡が取れるのに、辛くて悲しくて不自由な気持ちになる。

SNSの「いいね」や文字でのコミュニケーションは、誰かが横にいてくれることには勝てない。

この作品は日々の中で、何気なく繰り返される対面のやり取りの温かさ、そして便利に使用されているSNSは実は希薄なものだという事を、ドラマの内側からも外側からも教えてくれた。

 

そして、タイトルの「着飾る恋には理由があって」

このタイトルには、SNSや見えない誰かの声のために自分を繕うのではなく、近い未来でそばにいたい人、そんな人のために、ありのままの自分を大事にしよう。

そんなメッセージが表されている。

本作のような新たな一面を持つ「火ドラ」作品が生まれたのは、ある意味「コロナのおかげ」だ。

「コロナのせいで」ではなく「コロナがあったから」

気づけた、変われるという希望や強い決意を視聴者に与えたる作品でもあった。

コロナ禍はまだ終わらない、だがもうすぐ終わる。

それまできっと「火ドラ」が私たちの心に寄り添ってくれるだろう。

 

【過去記事】

 

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